「僕らはLemonadeをラムネ、Sewing Machineをミシンって聞いちゃった人たちの子孫だから、外国語は聞き取りにくいんだ」と冗談めかして話していました。服部之総の本『黒船前後・志士と経済 他十六篇』岩波文庫に出てくる「ピジンイングリッシュ」の話などを引き引き話していると、「VIRUSもヴィルスなのに、間違ってウイルスと言ってるんでしょ?」と聞かれました。
そこは歴史屋さんとして訂正せねばなりません…
VIRUS、英語では「ヴァイルス」くらいの発音でしょうか。ドイツ語ならまさしく「ヴィールス」ですね。
どっちにしろ「ヴ」なのでウイルスは誤り?と思いきやそこは語源を知らねばなりません。
VIRUSの語源、実はラテン語。意味は「毒」です。
ラテン語のVは「ウ」「ウィ」と発音し、「ヴ」「ヴィ」の発音はありません。さてここからが、歴史屋さんのお仕事です…
この金貨は、ローマ国立博物館にあった紀元後一世紀のローマ金貨です。文字が読み取れるでしょうか。
文字に起こしてみましょう。右下からぐるっと左下にかけて「IMPCAESARVESPASIANVSAVG」ですね。切れ目を入れましょう。ラテン語には本来、ピリオドなどの切れ目が入りませんから「IMP・CAESAR・VESPASIANVS・AVG」と区切ります。
「IMP」は「IMPERATOR インペラートル」授業で習った「最高司令官 インペリウムの保持者」の略です。
「CAESAR」はもちろん「カエサル」 ローマ帝国では初代アウグストゥスから5代目ネロまでユリウス族の「カエサル家」出身者が皇帝でしたので、皇帝を意味します。
「VESPASIANVS」は「ウ」「ウィ」だと考えれば、「ウェスパシアヌス」 ネロ死後の混乱を収拾して皇帝になったフラウィウス=ウェスパシアヌス。ネロが空っぽにした国庫を潤すため、トイレの屎尿にまで税金をかけたことで有名な、あのコロッセオを建設した事で更に有名なウェスパシアヌス帝です。余談ですが、私的には「歴史上の人物で、上司になって欲しいNO1」の人物です。
「AVG」は「AVGVSVTVS アウグストゥス」で、こちらも初代皇帝に因みます。
全部で「インペラートル カエサル ウェスパシアヌス アウグストゥス」 ウェスパシアヌス帝の名ですね。「V」を「ヴィ」と読まないのが解ったと思います。
もう一例挙げときましょう。こんなことしてると「ラテン語読めるんだ!」と盛んに感心して頂けたりしますが、正直に言って読めません。読めたらこんな商売してません。イタリアで日本人相手に観光ガイドでもします。
「どんな言語なのか」を教えるため、文法書を読んだことがあるだけです。マジメに教えようとすると、高校レベルの講師だって大変なんですよ。教科書だけやってれば、ラクチンなんですけどね、この商売…
古代ローマの中心フォロロマーノ、ラテン語ではフォルム・ロマヌムにある、サンロレンツォ・イン・ミランダ教会ですが正面に古代の神殿をそのまま残しています。拡大して書き起こしてみます。
上下段先頭「DIVO」「DIVAE」はそれぞれ形容詞「DIVVS ディウィウス」「DIVA ディウァ」が後続する名詞に合わせて格変化したものだと思われます。それぞれ「神である」です。「DIVA」は現在でも、イタリア語「ディーヴァ」は優れた女性歌手の事などで使われてますよね。後ろに続いている人物名は神格化、つまり神として祭られています。
上下二番目「ANTONINO」「FAVSTINAE」は「ANTONINVS アントニヌス」「FAVSTINA ファウスティナ」の格変化与格、これが学校で習った五賢帝の4番目アントニヌス=ピウスとその妻ファウスティナの事です。
上下三番目「ET」「EX」は前置詞で「と」「から」で、アントニヌス「と」ファウスティナに、下段最後のS・C「から」この神殿が奉られたことを示しています。
下段最後「S・C」は「SENATVS CONSVLTVM」で元老院命令だと思われるのですが、ここは自信がありません…
最後に馬脚を現しましたが、当初の目的「VIRUS」は「ウイルス」で間違いでは無いと理解できたかと思います。ラテン語からなんですね。
ついでに日本ウイルス学会のホームページでも見ておいてください。「学会について」の熱い勧誘を読んでいると、何となく9000円払って学会員になりたくなります。ウイルスなんてさっぱり解らないですが。
因みに古代ローマ時代「W」の文字は無かったそうです。ゲルマン系言語からこの音が入ってきたので、Vを二つ重ねてつくられたものです。
なので「W」は「ダブルユー〔U〕」です。「V」が「ウ」つまりユーだったからですね。