いきなり「チャハル」-山川詳説世界史B教科書の問題点

まずは

引用してみましょう、一番新しい教科書『詳説世界史B』山川出版からです。

ヌルハチは、八旗②の編成や満州文字の制作など、独自の国家建設をすすめ、明に対抗した。第2代の太宗ホンタイジは内モンゴルのチャハルを従え、支配下の満州人・漢人・モンゴル人におされて36年に皇帝と称し、国号を清と改めた。〔八旗・太宗・漢人・清にはそれぞれ、はっき・たいそう・かんじん・シンのルビ〕〔太宗と清には下部に年代〕〔ホンタイジには「Hong Taiji」・チャハルには「Chakhar」のルビ〕〔八旗には脚注〕

20年近く前の教科書でも、ほとんど記述は変わらずです。

太祖ヌルハチは,八旗②を編制して軍制をととのえ,独自の満州文字をつくり,統一体制を強化しながら東北地方の支配を進めた。2代の太宗ホンタイジは,内モンゴルのチャハルをしたがえると,1636年に国号を清と改めた。

コロコロと何年かおきに教科書の記述や配置は変わりますが、こんなの変える必要あります?

いきなり?

ここで「内モンゴルのチャハルを従え」と登場するチャハルですが、山川教科書の記述は後にも先にもこれきり、脚注〔ページ下部の説明文のこと〕はおろか本文中の語句の説明もありません。

まさに、いきなりチャハル!!!

前後文脈との関係性すら想像できない記述になっております…

なので、学習の一助に少しお話しておくことにしましょう。

あと山川出版を始め、このふざけた教育環境にも少し苦言を呈します…

チャハルとは何か?

まず、明代に習ったモンゴルの出来事をおさらいしましょう。

  1. 洪武帝朱元璋が元の大都を陥落させ、元を北へと追いやった。これ以降の元を北元という。
  2. 北元の直系が絶えた後、モンゴル部族は東部のタタール韃靼〕と西部のオイラト瓦刺〕に分かれて争った。
  3. オイラトエセンが土木堡で明の皇帝、英宗正統帝を捕虜にした・・・土木の変(1449)
  4. タタールアルタン=ハーンが連年中国に侵入し、1550年には北京を包囲した。

くらいでしょうか。

 

チャハルが全然見当たりませんが、上記の3と4の間に登場します。

そこを記述していないので「浮いた語句」になっているわけです。

 

3のオイラトのエセン〔也先〕は土木の変後、ハーン〔可汗〕を名乗りモンゴル諸部族の反発を招き殺されます。

当時のモンゴル高原には、チンギスの子孫以外はハーンを名乗れないという暗黙のルールがありました。

それをエセンは破ってしまったからです。

 

エセン死後の混乱を収拾したのは、チンギスの血を引くダヤン〔大元〕=ハーン。

猫みたいな名前ですが、ダヤンはモンゴル諸部族を統一し、改めて統一したモンゴル諸部族を6つの部族に分けました。

この6部族のうち、ハーンに直属する部族がチャハル〔察哈爾〕なんです。

 

4のアルタン=ハーンは、ダヤン=ハーンの孫に当たります。

なぜわざわざ?

チャハルなんて必要なんでしょうか。

初めて習う高校生に相応しい記述だとは全く思いませんが、チャハルをわざわざ記述している理由は解ります。

 

当時ハーン直属でモンゴル諸部族中最大だったチャハルを従えたことは、モンゴルに代わり満州人が万里の長城以北の覇者となり、中国本土の支配を巡り明王朝と雌雄を決する資格ができたことを示す、決定的な出来事でした。

それが証拠に『清史稿』などではモンゴル最後のハーン、リンダン〔林丹〕が所有していた元の玉璽の話が出てきます。

林丹汗得元玉璽曰「制誥之寶」〔『清史稿』多爾袞伝〕

九年,平察哈爾林丹汗,得元傳國璽,八和碩貝勒及外藩蒙古四十九貝勒表請上尊號〔『清史稿』朝鮮伝〕

玉璽とは「玉でできたハンコ」、元王朝のハーン達の命令書に押されていたハンコです。

これを獲得したことにより、中国を支配する正統性を得たとして国号を中国風にとし皇帝を名乗ったというわけです。

 

ここで元の玉璽はエクスカリバーとか三種の神器とか、はたまた御旗楯無、あるいはロンバルディアの鉄王冠などと同じ、正統性を示す「素敵アイテム」として認識されています。

 

ゲットした時、ドラクエみたいに「ちゃららちゃっちゃちゃちゃー♪」とBGMが鳴りそうな勢いですわ…

おまけ

もひとつオマケ、せっかく教科書脚注に「文殊菩薩〔マンジュシリ〕にちなんで民族名を満州〔満洲〕に変えた」とあるのを生かさない手はありません。

本当は、満洲が正しい漢字です。

 

国号はで民族名は満洲、共通点はと言われるとそう「サンズイ」

これは五行説に因んだ改名と言われています。

 

いちいち作成するのが面倒なので、Wikipediaから絵を借りてきましょう。


 

この世界を5つの要素の相剋・相生で説明する五行説、世界を陰と陽でみる陰陽説と結びついて「陰陽五行説」としても知られます。

 

まあ簡単に言うと、五行相剋はポケモンの相性みたいなもんです。

水は火に勝ち、土は水に勝ち、木は土に勝ち、金は木に勝ち、火は金に勝つ。

五行相生は絵の円のように、一つの要素が次の要素を生み出していきます。

 

五行相剋の考え方から「サンズイ」なんだそうです。

当時、明王朝は「火徳」つまり属性が火だと思われていましたので、明王朝を倒そうとした女真人は、国号・民族名満洲にしたと言われています。

確かに「サンズイ」連続でシメシメして火も消えそうじゃないですか…

 

あと現代中国語でも〔Qīng〕と〔Jīn〕の音はよく似ています。

なのでこの字を選んでるわけです。

少々苦言を呈したいこと。

脚注無し・語句説明無しの「チャハル」は、本当に教科書に要りますか。

「内モンゴルのチャハルを従え」を「内モンゴルの諸部族を従え」で何か都合が悪いでしょうか。

初めて学ぶ子供達が使う本、それが教科書だという認識がきちんとありますか。

 

編者に名を連ねている偉い先生方は、ほんとに教科書編集に関わってますか、これ。

もしかして『世界史B用語集』を売るための深謀遠慮ですか、これ。

 

世界史教科書は、このような記述の連続です。

とりあえず名前載せといて覚えさせりゃいいだろ的な。

で、教師が教科書通りやるために丸暗記で終わります。

 

文科省もそうですが歴史教科書会社最大手の山川出版も、もう少しマジメに歴史教育について考えて欲しいと思います。

たった一年で世界史B教科書一冊学習するとか、ふざけたシラバスをつくってないでね。

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