橘の高校世界史

高校世界史のことを中心に・・・

大学入試の学習

大学入試が全てじゃないんだけれど?

もう一度言いますが、哀しいかな大学入試は「高校世界史知識を使ったクイズ」です。

ぶっちゃけてしまえば「教科書・用語集・資料集をネタにしたクイズ」です。

この認識の欠如が、大きな悲劇を呼びます。

そもそも授業は「歴史を学び、歴史に学ぶこと」を目指すものです。「これに当てはまるものは何ですか、これこれを説明せよ」などを教科書知識から解答を選び出すという、クイズ対策の授業ではありません。

本来歴史は「中身」を構成するものであり「道具」ではありません。

例えて言うならばペンやパソコンのように「使い方を知れば良い」ものではなくて、「道具」を使い「なにをするか」の「なに」を構成するものです。

「英語を使い、外国人と闊達にコミュニケーションをとる」ならば、英語は「道具」で歴史は「中身」、つまりコミュニケーションの内容を構成するものの一部です。

また自分はどう生きていくかを考える時、その指標になり得るものです。

あくまで例えに過ぎませんが、そういった「中身」を構成するもの、それが歴史なのです。

一方、授業では「中身」として教えることが推奨されているのに、定期テストや入試では「知っているか・覚えているか」を測るための「道具」としてのみに評価される矛盾があります。

この矛盾は儒学や宗教が歴史的に繰り返してきた「中身か形式主義か」の問題と同じで、永遠に解消はされませんが、これを全く認識していない人は生徒に限らず教える側にも結構多いです。

ここでは「道具の評価」の側面、これに絞って考えてみましょう。

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