過去の学習

コースも知らずに、走り出すつもり?

「塾でまだ過去問を解くには早い、と言われました」

「基礎をやってから過去問を解きなさい、と言われました」

「過去問は実力を計るため入試直前に解きなさい、と言われました」

 

よくもまあ生徒は変わっているのに、毎年毎年同じ内容ばかり相談に来るものだなと思います。

答えもいつも同じです。「解くには早くても、確認するのに早すぎる事なんかありません

 

「実力を計るため」に過去問を温存し、入試直前に解いて出来なかった場合は諦めて終わりなんでしょうか。そう指導する方には合理的思考力があるのか、心底疑わしいと思います。

 

マラソンに例えてみましょうか。

真剣に勝つために、マラソン大会に臨む自分を想像してみてください。何をしますか。その辺りを闇雲にぐるぐる走り回りますか、それとも階段を駆け上がりますか。

その前に本当にその大会で勝ちたいなら、事前にコースを確認しませんか。

アップダウンが激しいとか、平坦な道が続くとか、アスファルトじゃなくて石畳だとか。そのデータをもとに、日々練習をこなすはずです。

 

それが対策というものです。「勝てるかな」ではなく「勝つため」に対策はするんです。

受験もこれと同じですよ。

合格に至るコース

大学入試の過去問、これこそがコースです。

ふつうに考えて、過去問が全て解けるなら入試で落ちる事はほぼ無いでしょう。

つまり過去問を知る事は、合格というゴールに至るコースを知る事なのです。

どの程度まで問われるのか、どんな形式で問われるのか。

この「コース」を知った上で、対策を考え日々勉強すべきではないでしょうか。

なんにも知らないままに、ただ闇雲に「基礎」を勉強する、これが効率のよいやり方だとは全く思えません。

「コースが去年と変わる可能性はないの?」

これは妥当な心配です。

ですが実力測定の建前から考えれば、問われる難易度や形式が大幅に変わることは考えにくいです。

センターも形式は毎年ほぼ同じ、国公立の二次でもそうは変わらないはずです。

 

実は変わるか変わらないかも、過去の問題を見て確認すればわかるはずです。

 

特に私学は「35000円の検定料」を稼がなければなりません。

計算すれば、これは莫大な額ですので「毎年形式も難易度もコロコロ変わるから、受験をやめよう」なんて思われると、大きな収入源を失います。

大きく変えたくとも変えられませんし、変える場合にはホームページなどで大々的に通知をするはずです。

「敵を知り己を知れば、百戦して殆〔あや〕うからず」

中国春秋末期の思想家、孫子は「敵を知り己を知れば、百戦して殆〔あや〕うからず」と言っています。

受験においてこの言葉を解釈すれば「大学入試の難易度や出題形式と自分の実力を深く知れば、大学入試を何度受けようが不合格になることはない」でしょう。

 

戦争と違って退却が不可能ですから、そんな理想的な状態になるとはちょっと思えませんが相手を知らず戦いに挑む愚かさはよく理解できます。

オマエは高見盛か!と突っ込みたくなります。あ、お相撲さんの高見盛さん、今は親方ですが「対戦相手が恐いので、相手の取り組み〔試合〕のビデオは見ません」と言いきっておられました、余談です。

 

なので「過去問を解かなくてもいいから確認し、どの程度まで学習するか、どういうことに注意すれば問題に答えられるかを頭に入れてから対策をしていく」

これが大学入試で合格を勝ち取るためには、とても重要なのです。