2020年 センター世界史B 解説 後半

死ぬほど面倒くさいですが・・・

一応、全部解説書きました^^;

対策は解いた後の復習が大切なんです。

何故そうなるか、を考え関連することを覚えましょう!

問19

ファーティマ朝がチュニジアで成立したのは10世紀初頭(909)

9世紀のアッバース朝衰退に乗じて勢力を拡大し、10世紀半ば頃にはエジプトを征服した。少しズレるがブワイフ朝のバグダード入城(946)とほぼ同じ頃だとの理解でよい。

 

正解はb 覚えていなければad除外の二択で絞ろう。

問20

パピルスは古代エジプトで使用された、カヤツリグサの一種からつくられる紙のようなもの。英語”Paper”の語源でもある。
インダス文字は、印章〔ハンコ〕などに多く刻まれた。ハンコなのでメソポタミアと同じように、粘土に押したのだと思うが、ここは詳しく知りません。現在未解読。×

 

現在の河南省安陽に位置する殷墟から、甲骨文字が刻まれた亀甲獣骨〔略せば甲骨〕が出土した。
北京で漢方店「竜骨」を買い求め、それに文字が刻まれていた事を発見した官僚王懿榮とその客劉鶚の話は有名。この2人は義和団事件で酷い目にあっているので時代もそれくらい。○

 

インカ、なら正しい。アステカ文明やマヤ文明には文字があった。インカには文字はなく、縄につくった結び目の位置で数値を伝達した。結び目をつくった縄をキープという。キープを読む専門の役人もいたそうだ。×

 

シュメール、ならば正しい。シュメール人が歴史舞台から消え去った後にも、この文字は「音」を使うかたちで古代オリエントの各民族に使用された。「音」を使うとは”MacDonald”を「マクドナルド」と表記する感じ。
アケメネス朝のダレイオス1世がつくらせたベヒストゥン碑文には、アッカド語やペルシア語が刻まれているが、使われている文字は楔形文字である。記述がある方は「楔」の漢字に注意しよう。×

問21

①魏晋南北朝時代に中国にやってきた西域・インドの仏僧で、華北で仏教布教につとめたのが仏図澄〔ブドチンガ〕
続いて仏典の漢訳につとめたのは鳩摩羅什〔クマラジーヴァ〕
南朝梁の武帝蕭衍とも会見した、禅宗の祖は達磨〔ダルマ〕 概ねこの順番で中国にやって来た。○

 

徐光啓、ならば正しい。徐光啓は明末の官僚・学者でイエズス会士マテオ=リッチ〔利瑪竇〕とギリシア人ユークリッド〔エウクレイデス〕の幾何学を『幾何原本』として刊行した。徐光啓の他の著作は実学書である『農政全書』・『崇禎暦書』など。
李時珍は漢方薬の本『本草綱目』の著者である。宋応星『天工開物』〔産業書〕なども併せて明末の実学書として記憶しよう。○

 

③アッバース朝時代、バグダードに建設された「知恵の館」という図書館では、ギリシア語文献が盛んに翻訳されたという。ただし、アッバース朝はアラブ人王朝なのでもちろんアラビア語である。ついでにアラビア語は「セム系」だと覚えておくと良い。×

 

ウィクリフ、なら正解。もちろんルターがヴァルトブルク城に匿われながら翻訳したのはドイツ語。コンスタンツ公会議で異端とされた、イギリスのウィクリフの業績の一つが、聖書の英語訳。ウィクリフはコンスタンツ公会議処罰されるが、既に死んでいた。エドワード3世などと同じ時代かなと思ってもらえればいい。×

問22

ポルトガル、ならば正解。ベルギー領になったのは、スタンレーが探検したコンゴ〔現コンゴ民主共和国〕。資金提供した国王レオポルド2世の私領としてコンゴ自由国と呼ばれた。
えげつない統治の結果、議会に取り上げられることとなり1908年にベルギー領コンゴとなった。「コンゴ動乱」・「ザイール」も調べよう。
ポルトガル領は、ポルトガル領西アフリカ〔アンゴラ〕(1975独立)・ポルトガル領東アフリカ〔モザンビーク〕(1975独立)・ポルトガル領ギニア〔ギニアビサウ〕(1973独立)、特にアンゴラは覚えよう。×

 

フランス、なら正しい。フランスは国王シャルル10世の治世末期の1830年、アルジェリアに出兵した。×

 

イタリアもしくはイギリス、ならば正しいか。ソマリランドは北側イギリス・南側イタリアがそれぞれ植民地とした。×

 

④スリランカはポルトガル領→オランダ領を経て、ナポレオン戦争中にイギリスが獲得、ウィーン会議で所有が確定する。
似てるっちゃ似てるアフリカ湾岸の島マダガスカルは、19世紀にフランス領になった。○

問23

a唐代の玄奘が著した書物は『大唐西域記』〔行き:陸路・帰り:陸路〕
東晋の法顕は『仏国記』〔行き:陸路・帰り:海路〕
玄奘より少し遅れた義浄は『南海寄帰内法伝』〔行き:海路・帰り:海路〕

 

bストラボンは『地理志』を著した。
ローマ時代に活躍したギリシア人達、ポリュビオス『ローマ史』・プルタルコス『対比列伝』・ガレノスなどは要チェック。

 

①が正解。

問24

①ニコライ2世が退位し、ロマノフ朝が倒れたのは1917年の二月革命〔グレゴリウス暦だと三月革命。ロシアは正教会なので、カトリックのグレゴリウス暦は導入されていない〕、第一次世界大戦中。×

 

②フランクフルトで開かれた国民議会は、ドイツ統合の方法を話合ったもの。グリム兄弟の兄、ヤコブ=グリムが参加したことでも有名。○

 

③メキシコの独裁者ディアスを倒した、マデロやサパタによる革命が起こるのは1910年。×

 

④七月王政はオルレアン家のルイ=フィリップが行った。1830年の七月革命で登場。×

問25

ア イギリスのニューラナークで工場経営を行い、労働者の待遇改善につとめたのはロバート=オーウェン。一種の共同社会を構想した、社会主義者フーリエはフランス人。ナポレオン時代にも数学者でフーリエがいるが、これは難しいかも。

 

イ いうまでもなく工場法。人身保護法は正式な手続きなしの逮捕を禁じたもの。王政復古のチャールズ2世時代の1679に成立。1673年の審査法も調べよう。

 

②が正解

問26

地図を見ろ! ただダンツィヒ〔グダニスク〕かクラクフの位置、どちらかが解れば位置はわかるので、第一次世界大戦後、国際連合の元に置かれたダンツィヒが海港都市である、ポーランドの古都クラクフが内陸である、どちらかは知っているだろう。

 

①が正解

問27

6世紀、ならば正しい。東ではササン朝のホスロー1世と争い、西では「ローマ帝国」を復活させたユスティニアヌスは6世紀の人物。トリボニアヌスに命じて作成させた4部からなる『ローマ法大全』も6世紀。×
このササン朝とビザンツ帝国の争いが、シルク=ロードの途絶を招き、迂回路になったアラビア半島ヒジャーズ地方を繁栄をもたらした。7世紀のイスラム教の勃興、アラブ人の興隆に繋がるわけ。ヒジュラ〔聖遷〕の年代が622年なのも併せて理解。

 

清代、ならば正しい。『古今図書集成』は康煕帝時代から編纂が始まり、雍正帝時代に完成した類書。百科事典のようなもので、過去にその語句などが使われている用例が引いてある。×

 

③インド伝説上の最初の人間マヌに仮託した『マヌ法典』はグプタ朝時代には完成していた。ヴァルナの由来から、生活までを定めた「法典」。○

 

フランス、なら正しい。ディドロとダランベールが編纂した『百科全書』はフランス啓蒙思想の集大成である。○

問28

①秦末の混乱期に趙陀が建国した、趙氏南越国を武帝が滅ぼし、最南端の日南郡をはじめとして9つの郡を設置した。
日南郡には後漢末、マルクス=アウレリウス=アントニヌス〔大秦国王安敦〕の使者を自称するやつが来た(166年)。趙氏南越国の中心地は広州。○

 

②宦官が官僚を出勤停止処分にした党錮の禁は後漢末に二回発生、二回目はきつかった(166・169)×

 

③府兵制は南北朝時代の西魏で始まった制度。×

 

④茶が専売に耐える、つまり一般人まで飲みだしたのはもっと後で、北宋時代のことだと思われる。
世界史で問われる専売の品目は、基本的にであり武帝時代しか問われない。北宋代には都市周辺の森林資源を使いつくしたため、石炭の専売もあったようだ。中華料理は火力が大切、この結果らしいが試験にはでないと思う。×

問29

洛邑、ならば正解。紀元前770年の「周王室の東遷」は、幽王の子の平王が廃嫡されたので、平王生母の実家、申侯が起こしたもの。
『史記』のお話が面白いので、その話ばかりしますがね・・・。×

 

②唐代三夷教、祆教〔ゾロアスター教〕・景教〔ネストリウス派キリスト教〕・摩尼教〔マニ教〕。祆教の寺院を祆祠といい、西安市〔昔の長安〕には大秦景教流行中国碑がのこることも併せて記憶しよう。○

 

金によって、ならば正しい。靖康の変(1126)の結果、北宋の都開封は金によって占領され、新たに出来た南宋と金は紹興の和(1141)を結んだ。
この和議を主導したのが南宋の宰相であった秦檜。岳飛との対立も併せて思いだそう。×

 

モンテコルヴィノ、ならば正しい。元の都、大都で10年ほどぼっちで布教したのがフランシスコ会士のジョヴァンニ=ダ=モンテコルヴィノ。×

問30

①サータヴァーハナ朝〔アーンドラ朝〕はデカン高原に成立した王朝。マウリヤ朝衰退後に起こり、クシャーナ朝時期にはインド中部を支配していた。ローマ帝国との季節風貿易を行った。○

 

ローマ帝国、ならば正しい。後漢の西域都護に就いた班超が、その部下である甘英を派遣した。
甘英は安息国をこえ、条支国〔シリア〕まで到達し引き返したそうだが、もし仮にローマにまで到達していれば、五賢帝の一人、トラヤヌスに会えたのではないか、と思われる。時代としては1世紀末から2世紀初頭。×

 

バクトラ、ならば正しい。バクトリアは世界史で習ったソグディアナ地方〔トランス=オクシアナとかマーワラーアンナフル、アム川とシル川流域〕付近に存在した、ギリシア人の国家。
パルティアやササン朝の都であったクテシフォンは、現イラクでティグリス川流域。×

 

日南郡、ならば正しい。問28①の解説参照。
楽浪郡は漢の武帝が、高祖の時代に衛満が建国した衛氏朝鮮を滅ぼして置いた4つの郡の一つ。
後漢末に設置された、帯方郡も併せて覚えよう。高句麗の侵入で両方潰れた。×

問31

①19世紀に発生したアイルランドのジャガイモ饑饉の結果、多くのアイルランド人はアメリカなどに移住した。
例えば9.11テロの際に多くの犠牲者を出した消防士にはアイルランド系が多かった・ケネディがアイルランド系であることは有名。
このジャガイモ饑饉がコブデン・ブライトの反穀物法同盟への追い風となり、1846年の穀物法廃止に繋がったのだとされる。×

 

新バビロニアカルデア〕、ならば正しい。バビロン捕囚はネブカドネザル2世が、ユダ王国に対して行った。アケメネス朝キュロス2世による解放後、ヘブライ人がユダヤ人と呼ばれるようになるのは、ユダ王国を構成していた部族がユダ族であったことから、だとされている。
ヘブライ王国分裂後のもう一方、北のイスラエル王国はアッシリアによって滅亡した。×

 

③アフリカから、ではなくて中国インドであると思われる。×

 

④ドイツにおけるエルベ川以東の植民は、12世紀から。最近、話しても生徒は解ってくれない「ハーメルンの笛吹き男」の伝説で消えた子供は、東方植民に連れて行かれたらしい。ネズミ退治はペスト防止、などと考えれば中世って感じがしますね。○

問32

①ペルシア戦争後、サラミスの海戦(480)で三段櫂船の漕ぎ手として活躍した無産市民の地位が向上し、アテネはペリクレス支配のもとで直接民主政へと移行していく。○

 

②豊臣秀吉の朝鮮出兵、文禄・慶長の役壬辰丁酉倭乱〕で活躍した李氏朝鮮の李舜臣は、秀吉の遠征軍と戦った。×

 

イギリス船籍、なら正しい。アロー号戦争のきっかけとなったアロー号は、香港船籍を主張したので、イギリス船籍になる。×

 

アメリカ、ならば正しい。ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験による死の灰を浴びたのが第五福竜丸。
余談ですが、どうやら第五福竜丸、和歌山で展示されているそうですね・・・×

問33

①問12の①の解説を参照。○

 

②ルイ14世に気に入られた、喜劇作家モリエールはフランスの古典主義時代。コメディ=フランセーズの設立者としても著名。
同時代の悲劇作家にはラシーヌコルネイユがいる。ラシーヌの悲劇『アンドロマク』は覚えておいてもいいかもしれない。

 

③ジャワのワヤン、影絵芝居は著名で演目にはインドの『マハーバーラタ』などがある。そういえばインドネシア大統領のスカルノの名前も「カルノ」はマハーバーラタの登場人物「カルナ」から来ているそう。○

 

宋代、なら正しい。宋詞として有名。元代の元曲と併せて確認。×

問34

①ブルム人民戦線内閣(1936)、はフランスで登場。スペイン内戦への温度差の違いから崩壊した。×

 

②チャウシェスクはルーマニアの独裁者。×

 

③ドプチェクはチェコスロバキアの指導者で、チェコスロバキアの自由化がブレジネフの決定で送られた、ワルシャワ条約機構軍によって潰されたプラハの春(1968)で有名。×

 

④ナジ=イムレはハンガリー動乱(1956)の際の指導者。○

問35

西ゴート人、なら正しい。アラリックに率いられ、ギリシア・イタリアを略奪しイベリア半島に西ゴート王国を建国した。×

 

中王国時代の末期に、なら正しい。中王国末期にデルタ地帯に侵入したのがアジア系とされるヒクソス。
新王国に侵入したのが海の民。×

 

③バルトロメウ=ディアスは、アフリカ南端に到達しポルトガル国王ジョアン2世に報告した。「嵐の岬」と命名したディアスの案を退けて、「喜望峰」と命名したのはジョアン2世である。○

 

レーニン、なら正しい。第一次世界大戦中の1917年、ドイツ軍との取引によってレーニンは「封印列車」でドイツ軍占領地を通過し帰国した。×

問36

aサンステファノ条約は1878年。1877年の露土戦争講和条約、「77」のぞろ目なので覚えやすいかな・・・

 

bサラエボ事件はもちろん1914年、第一次世界大戦の年。翌年なので1915年。

 

グラフをみて③が正解ですね、グラフはほぼ関係無くて年代の問題です・・・

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