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あなた、中国なめてませんか?〔19世紀初頭のGDP〕

大阪大学、2013年出題から

高校生にとっては非常に難しいと思いますが、大阪大学2013年で日本・米国・中国・西欧などの推定GDPをグラフ化したものが出題されています。こんな感じですね。

gdpこのグラフのA・Bのうち、一つは中国、一つは西欧諸国の合計。

さて、中国はどちらかを判断しなければならないのですが、この問題がどうやら高校生には解きにくいようです。1820年時点でGDPが多いAが中国です。「進んだ西欧・遅れたアジア」のイメージが強いのか、なかなか言い当ててくれる生徒がいません。

まあ、西欧諸国のGDPを合計している時点で、すこし「ひっかけ」の意図が見えるんですが。

元ネタは

この出題の元ネタは、最近亡くなったイギリスの経済学者アンガス・マディソン氏の研究、具体的にはHome Maddisonを見て頂きたいのですが、かくいう私は英語を読むと頭痛がするので全部は読んでいません・・・

分野違いなので全く知りませんでしたが、マディソン氏はOECDの研究員だったようです。

このホームページからダウンロードできるファイルを参照してみましょう。単位は1990年の購買力を基準とした米ドルです。ここではややこしいので余り気にしないことにします。

1820年時点の西欧推定GDPは、イギリス2074、フランス1135、イタリア1511、オランダ1874。

対して中国は600。

あれ、中国は全然じゃないかと思いますがこの数値はGDP per capita つまり一人頭の推定GDPです。

と言う事はこれに人口がかかってくるわけです。

さて人口は〔単位は1000人〕。

1820年時点での西欧の推定人口は、イギリス21239、フランス31250、イタリア20176、オランダ2333。

対して中国は381000。

桁が全く違うと理解できたと思います。

列強が中国を目指したわけ

本当はダウンロードできるファイルに推定合計GDPもあるので、推定一人当たりGDPと人口の話は要らないんですが印象的なので引いてみました。

1820年時点で中国が持つ、約四億人の人口、この人口こそがそれまでの中国文明の繁栄の証。1600年代には、中国こそが世界の頂点であり最先端でした。

1800年代に入り、欧米列強が中国を目指したのは、この人口の購買力〔物を買う力〕を見込んでの事です。つまりは一人一足づつ綿の靴下を買ってくれれば、四億足売れるってなもんです。

アメリカの国務長官ジョン・ヘイの門戸開放宣言を考えても解るでしょう。

思い込みは無しで、しっかりと判断したいものですね。

Updated: 2016年11月2日 — 11:45 PM

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