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「19・20世紀の参政権」 模試の復習

出題「選挙権に関する正文を選べ」

1.イギリス 第一回選挙法改正で労働者の大半が選挙権を獲得した

2.ドイツ ドイツ帝国では男子普通選挙実施

3.トルコ 第一次大戦後の青年トルコ革命で女性参政権が認められた

4.アメリカ 第二次大戦後、女性参政権が認められた

1.イギリス 第一回選挙法改正で労働者の大半が選挙権を獲得した

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イギリスの選挙法改正は、19世紀前半から始まります。19世紀前半の第一回選挙法改正では、詳細は省きますが都市の有産階級に選挙権が拡大しました。

この際に解消された「腐敗選挙区」とは、産業革命などの影響で人口が減ったにもかかわらず議員定数が減っていなかった選挙区の事を指します。例えば、第一回選挙法改正前、ロンドンの西ソールズベリの北方オールドセイラム〔Old sarum〕では、7名の有権者が2名の議員を選ぶという状態になっていたようです。こう言った実情に合わない選挙区を統廃合、人口の多い都市部に議員定数を割り振ったわけです。

この後、人民憲章〔People's Charter〕を掲げたチャーティスト運動が起こっている事からも考えて、「労働者の大半が選挙権を獲得」はあり得ません。よって誤文です。

山川教科書には出てきませんので、センターでの出題は考えにくいですが、私大対策の為にも人民憲章の内容にも注意しておくと良いでしょう。

男子普通選挙権・無記名秘密投票・議員の財産資格廃止・議員有給制・選挙区の平等・議会の毎年召集〔改選〕

もっとも注意すべきは「議員有給制」です。財産資格もそうですが、議員はいわゆる「高貴なる者の義務 noblesse oblige」で無給。これでは労働者は議員になれません。

2.ドイツ ドイツ帝国では男子普通選挙実施

さて普仏戦争の結果できたドイツ帝国ですが、帝国議会と連邦参議院の二院制でした。

帝国議会は「25歳以上男子の完全普通選挙」でしたので、これが正文です。

ただ実質的な権限を握っていたのは、ドイツ帝国を構成する君主国と都市から任命された議員〔議員数は各邦・都市で数が異なる。最多はプロイセン王国の17人〕で構成される連邦参議院です。

帝国議会で通過した法案も、連邦参議院の承認を必要としました。

ドイツ皇帝によって任命された帝国宰相は、連邦参議院議長も兼任し皇帝にのみ責任を負うと言うシステムであり、民意の反映という点では民主政にはほど遠いものでした。

オットー・フォン・ビスマルクは初代帝国宰相として約20年間に渡り、ドイツ帝国の政治をリードしたことは覚えておきましょう。山川教科書にも記載があるのでテストに頻出です。

3.トルコ 第一次大戦後の青年トルコ革命で女性参政権が認められた

次のトルコに関する文章ですが、青年トルコ革命は1908年。第一次世界大戦前ですので、ここで誤文です。

ここが、第一次世界大戦後、青年トルコ政権が行った連合国に対する譲歩に反対し、アンカラでケマル=アタテュルクが起こした「トルコ革命」であれば正文です。

政教分離やローマ字の採用、イスラム暦に代わる太陽暦の採用とともに女性参政権もこの革命の際に認められました。

4.アメリカ 第二次大戦後、女性参政権が認められた

欧米主要各国では、ギリシア・ローマ以来の「国防に参加する者が参政権を有する」が伝統なのでしょうか、総力戦となり女性の活躍が目立った第一次世界大戦が女性参政権承認のきっかけになりました。

イギリスでは、第四回選挙法改正の1918年、男子21歳以上・女性30歳以上の普通選挙になりました。男女ともに21歳以上の普通選挙は1928年の第五回選挙法改正の時です。

ドイツはドイツ帝国崩壊後のワイマール共和国で、アメリカは1920年、ソ連は1917年の成立から。

フランスは第三共和政の間は認められず、第四共和政の1945年からで、欧米主要各国では最も遅くに女性参政権が認められました。

因みに日本は第二次世界大戦後です。

Updated: 2016年10月27日 — 10:10 PM

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