ゲルフとギベリン

教皇党ゲルフと皇帝党ギベリン。『神曲』を著したダンテ=アリギエーリが故郷フィレンツェを追放されたのも、シェークスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」で愛する二人が悲劇的な結末を迎えるのも、全ては中世イタリア都市で、貴族がこの二派に別れ争っていたせい。

ボローニャで見た塔も、都市貴族同士の争いのためだそうで、最盛期には100本以上も有ったそうです。

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この「ゲルフ」「ギベリン」の名称、いずれもイタリア政策を行った神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世、その孫フリードリヒ2世を輩出したシュタウフェン家に因むものだそうです。

シュタウフェン家に敵対したゲルフェン〔ヴェルフェン〕家から皇帝の敵、つまり教皇派を「ゲルフ」と言うようになり、シュワーベン公であったシュタウフェン家の本拠地ワイベリンゲンがイタリア風に訛り、皇帝派を「ギベリン」と言うようになったそうです。

テスト作成も中途半端に、Googleマップを見ていて思い出しました… あー、仕事しよ…

Updated: 2020年1月18日 — 10:56 PM

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